相撲と八百長

この記事は、わたしが読みたい内容をClaude Fable 5に調査・執筆してもらい、人間のわたしはレビューだったりチャチャ入れに回るテストです。

要旨: 大相撲の八百長は、2011年に力士23人の処分と春場所の中止という形で、一度だけ公式に認められた。それより前の時代にどれだけあったかは、確定していない。統計の側からはDuggan & Levitt (2002)が「7勝7敗で千秋楽を迎えた力士は不自然に勝つ」ことを1989〜2000年のデータで示したが、のちの追試も2011年ごろのデータで止まっている(先行研究の一覧はReferences)。この記事ではSumo APIから取得した1958年〜2026年の幕内全取組118,353番を使って、(1)手つかずだった期間 — 1958〜1988年と、2011年の力士処分後の15年間、(2)千秋楽までの近さや降格リスクの大きさと歪みの関係、(3)星を貸す側はどの地位に多いか、部屋ごとに傾向は違うか、を調べた。結果: 勝率の歪みは1970〜90年代に最も大きく、最終日への近さと降格で失うものの大きさに比例し、貸し手は安全な地位の力士に広く分布していた。歪みは処分を境に消え、15年間再出現していない。

背景

2010年の野球賭博事件の捜査で警察が力士の携帯電話を押収し、そこから力士同士が星の売買を打ち合わせるメールが見つかった。これが2011年2月に明るみに出て、日本相撲協会は調査の末に力士23人を処分、3月場所を中止した(大相撲八百長問題)。本場所の中止は戦後初めてのことだった。

ここで確定したのは2010年前後の一部の力士の行為までだ。それより前については、1996年と2000年に元力士が実名で告発し、協会と出版社の裁判にもなった。ただ、そこで争われたのは個々の記事の真実性であって、過去の土俵に全体としてどれだけ八百長があったのかを確定させるものではない。過去の土俵にどれだけ八百長があったのかについて、公的に確定した記録は見当たらない。

ただ、公的な記録がなくても、勝敗の数字そのものから推定することはできる。Duggan & Levitt (2002)の着眼点は「8勝」の一線だった。大相撲は15戦して8勝すれば勝ち越し、7勝なら負け越し。この1勝の差で番付の上下が決まり、給与も地位も変わる。だから7勝7敗で千秋楽を迎えた力士にとって、最後の一番は他のどの一番とも重みが違う。彼らの分析では、そういう力士は千秋楽に勝率79.6%と実力からかけ離れて勝ち、しかも勝たせてもらった側は次の対戦で同じ相手に負けやすかった。「合格ラインの直前だけ結果が歪んでいないか」を見るこの方法は、教師の成績改ざんの検出などにも使われている(Jacob & Levitt 2003)。

ただ、この種の検証は2011年ごろのデータで止まっていて、処分のあとの土俵を数えた研究は、探した範囲では見つけられていない。この記事はそこを数える。

方法

  • データ: Sumo APIから取得した1958年1月〜2026年7月の幕内全取組118,353番。1958年は年6場所制の始まりで、15日制・8勝の勝ち越しラインは全期間共通(制度の詳細はReferences)
  • 上振れ(単位: pt): 全取組から力士ごとのEloレーティング(勝敗から強さを推定する点数。強い相手に勝つほど大きく上がる)を計算し、各取組に「実力ならこちらが何%勝つ」という期待勝率を出す。以下で扱う数字はすべて、ある状況に該当する取組を集めた集団の勝率と、その集団のElo期待勝率の差 — これを「上振れ」と呼び、パーセントポイント(pt)で表す
  • 対照群: 同じ終盤戦には「もう負け越しが決まって、何も懸かっていない」力士もいる(以下、死に体)。死に体の相手も勝ち越し済みの力士なので、この組み合わせにはどちらにも取引の動機がない。主要な数字は崖っぷち力士の上振れから死に体の上振れを引いた差分で示す。終盤の調子・番狂わせの出やすさ・Eloの計算癖(強い側を約5pt過信する)がここで打ち消される

「火事場の馬鹿力では?」という疑いには、2つの観察で答えられる。気合いで説明できるなら、(1)2011年を境に消える理由がなく、(2)後述の「星の返済」パターンも説明できない。物差し自体の健全性は、取引の動機が双方にない「勝ち越し済み同士」の対戦で上振れが+1.3pt(2011年以前、n=1,395)とほぼゼロであることでも確認した。

注記を2つ。Eloは結果から実力を学習するので、何年も一定して続く操作は「実力」に吸収されて見えなくなる — 見えるのは「同じ力士が、懸かっているものの有無で違う成績になる」形の歪みだけだ。そしてこれは観察データの分析であり、特定の力士や個々の取組について何かを断定するものではない。

結果1: 崖っぷちの力士は、実力を大きく超えて勝っていた

まず一番シンプルな比較から。2011年以前の千秋楽、相手はどちらも勝ち越し済みの力士。

図1

勝ち越しが懸かった7勝7敗の力士は、実力の期待48%に対して実際は70%勝った(+22pt)。何も懸かっていない死に体はほぼ期待どおり(+6ptはEloの計算癖のぶん)。差し引き+16ptが「懸かっているものの効果」になる。

結果2: その歪みは60年でこう動いた — そして処分後、再出現していない

この+16ptの差は、いつの時代のものなのか。10年ごとに割って、崖っぷちと死に体を並べる。

図2a

崖っぷちの上振れは1971〜90年に+29〜30ptでピークを打ち、1990年代から下がり、2011年の処分後は+9pt(対照との差分では+7pt)まで落ちて、以後15年間この水準のまま。死に体は全時代を通じて+3〜7ptの帯に収まっている(死に体は格下側であることが多く、Eloが弱い側を数pt過小評価する計算癖がそのまま出る。時代でわずかに揺れるが、崖っぷち側の山谷とは別の動きで、この揺れごと差分で打ち消している)。つまり歪みは先行研究(1989年〜)が観測を始める前からあり、むしろ観測前がいちばん大きかった。

この「崖っぷちと死に体の上振れの差」そのものを、3年移動窓の細かい解像度でも追う。主な告発・報道の年を重ねた。

図2b

線が差の推定値、帯はその95%信頼区間。3年窓に入る該当取組は数十番しかないため、帯は±15pt前後と広い — 全期間を束ねた本文の数字(誤差±数pt)と違い、この図は精度を犠牲に解像度を買っている。それでも帯ごとゼロの線から離れている期間は、偶然では説明できない歪みがあったことを意味する。告発報道が続いた1990年代末から下がり始め、処分で消える。監視が強まると小さくなり、緩むと戻る、を繰り返しながら、2011年を最後に有意な上振れは観測されていない。

処分後の傾向をひとつ足すと、いまの14日目の崖っぷち力士は期待より5pt沈む(死に体は沈まない)。誤差(±5pt)と同程度なので断定はしないが、方向としては「大事な一番で硬くなる」という普通の競技の姿と矛盾しない。

結果3: 歪みは、最終日への近さと、降格で失うものの大きさに比例していた

「勝てば生き残る」状況を3段階に分けると、千秋楽に近いほど上振れが大きい。2011年以前は13日目+4、14日目+10、千秋楽+16と階段状に増える(いずれも死に体との差分)。処分後は同じ計算がそれぞれ+3、−5、+7で、階段が消えている。

図3a

負けたときに失うものの大きさでも変わる。同じ7勝7敗の平幕・関脇小結を「負けたときの崖の高さ」で並べると、地位に余裕のある関脇・小結+11、中位+19、負ければ十両落ちの陥落圏+31と、こちらも階段状になる。処分後はどの位置も小さく、この勾配も消えている(件数が少なく誤差±13〜19pt)。

図3b

この勾配に乗らない例外が大関だ。大関の7勝7敗は+31(n=55)と陥落圏並みに大きいが、大関は負けても即降格ではなく、次の場所が角番になるだけ(実際、この55件中で角番中だったのは1件しかない)。崖の高さでは説明できない大関の上振れは、次の結果5で貸し手側を見るとき、もう一度出てくる。

切迫にも損失にも比例する — この形は、気合いよりも取引の需要と供給に近い。

結果4: 借りた星は、次の対戦で返されていた

7勝7敗の力士に千秋楽で負けた(=星を貸した)力士が、次に同じ相手と当たったときの成績。

図4

2011年以前は、実力の期待46%に対して実際は60%勝っている(+13pt、457組)。自分が勝った相手に、次だけ負けやすい理由は実力では説明できない — 貸した星が返ってきていると読むのが素直だ。処分後は+7ptだが、n=76で誤差±11ptの範囲に収まり、有意な偏りとは言えない。

結果5: 貸していたのは特定の誰かではなく、安全圏の力士全般だった

地位別(図5a): 貸し出しの上振れは大関+29、関脇・小結+25、前頭+21。どの地位も貸しており、点推定では上の地位ほど気前が良いが、地位間の差(大関と前頭で8pt)は誤差の範囲で、確実に言えるのは「安全圏の全般が貸していた」ことまで。ひげ(95%信頼区間)がゼロをまたがないのは処分前の大関・関脇小結・前頭で、横綱(53年で該当14回)と処分後の各地位は、そもそも判定に足る数がない。

図5a

ここで結果3の大関が効いてくる。大関は貸し手として+29、借り手(7勝7敗側)として+31 — どちらの側でも最大級で、地位の保証という「余裕」と、頻繁に7勝7敗になる「需要」の両方を持っていた。星のやり取りの中心に、いちばん安全な地位が座っていた形になる。

部屋別(図5b): 部屋の同一性がより確かな1985〜2011年に絞り、「勝ち越し済みの所属力士が7勝7敗の相手と千秋楽で当たる」取組が10番以上あった全部屋を載せた。+29ptの部屋からほぼゼロの部屋まで広がり、貸さない部屋も実在する。なお前半期(1958〜1984年)と比べると部屋ごとの順位は安定しない(相関r=0.05)ため、「あの部屋は代々そういう文化」といった読み方はできない(図では部屋名を伏せている)。

図5b

個人: 判定できない。ひとりの力士がこの状況に立ち会った回数の分布が図5cで、1回だけが93人、5回以下が大半。対象となる取組が数回しかない個人のレベルでは、統計的な判定は成立しない。個人名を挙げないのは配慮である以前に、方法として困難だからだ。

図5c

結果6: 調べたが、歪みを示す結果が出なかった仮説

同じ方法で疑ってみて、出なかったものも記録しておく(いずれも「証拠がない」ことの証明ではなく、この検定で歪みが検出されなかった、という報告だ)。

  • 平幕は横綱に金星を献上していたか: 平幕の対横綱の上振れは+1.0ptで、金銭のかからない対大関(+1.1pt)と変わらない。終盤の貸し借りが混ざる可能性を考えて12日目までに限定しても(+1.0 vs +0.6)、全日程でも、差はない
  • 引退間際の横綱は守られていたか: 引退前1年の横綱は期待より3.1pt沈んでいた(大関は4.5pt沈む)。衰えを覆い隠す上振れは観測されない。ただしEloが衰えへの追従に遅れる分は識別できないため、「形跡なし」まで
  • 取組編成は公平だったか: 各力士の「過去に7勝7敗の相手へ星を落とした率」を貸し手傾向のスコアとし、千秋楽に7勝7敗力士へ充てられた相手のスコアを比べた。同日の勝ち越し済み力士全体と素朴に比べると+5.2pt(±3.9)高く見えるが、これは貸し履歴のある力士がもともと編成上当たりやすい番付位置にいるため。番付の近さ(±3枚)を揃えて比べると**−3.1pt(±7.3)で偏りは消える**。「貸し手実績のある力士を意図的に充てた」形跡は、番付を考慮すると残らない
  • 優勝が懸かった一番は歪んでいたか(図6): 千秋楽の首位力士の上振れは+4〜5ptあるが、処分の前後で変わらない。買収なら処分後に消えるはずで、これは大一番の集中と読む方が自然だ。ただしこれは集計の話で、語り継がれる特定の一番の疑惑を検証する力はこの方法にはない

図6

まとめ

新しく分かったことを並べる。

  1. 7勝7敗の歪みは先行研究の観測開始(1989年)より前から存在し、1970〜90年代が最盛期だった(+29〜30pt)
  2. 歪みは、最終日への近さと、降格で失うものの大きさの両方に比例していた
  3. 貸し手は特定の力士や部屋に偏らず、安全な地位の力士全般に分布していた。とりわけ大関は、貸し手としても借り手としても最大級だった
  4. その歪みは2011年の処分を境に観測されなくなり、15年間、再出現していない

この3つの形 — 貸し手が地位や部屋を横断して広く分布していたこと(少数の悪玉では説明できない)、借りた星が次の対戦で返される規則性(その場かぎりの緊張では説明できない)、切迫と損失への比例(需要と供給の形をしている) — を合わせると、個人の逸脱の寄せ集めと考えるより、広く共有された互助の慣行があったと考える方が合理的だ。断定はできない。ただ、これらの歪みを一度に説明できる別の仮説は、今のところ見つかっていない。そしてその慣行は2011年の処分以降、現在に至るまで数字から消えている。

References

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